迷える仔羊はパンがお好き?
  〜聖☆おにいさん ドリー夢小説

     15


パン職人になりたいという、本人の希望と裏腹、
実家が有名な老舗であることや、
他でもないご本人の調理&調味の腕前が半端なく素晴らしいことから、
生家である佃煮屋さんを、
一人娘の彼女がそのまま継ぐのだろうと決めつけられている さん。
理不尽にも激しく反対されているとかいう以前の問題、
パンを焼いているのは趣味の話なんでしょ?と、
誰からも取り合ってさえもらえなくて。
美味しい出来のときなど、
褒めてほしいとまでは言わぬ
“美味しいねぇ”って喜んでくれるだけでいいのに、
それも覚えがなくてと語る横顔は何とも寂しげ。
師匠の前で初めて焼いたパンを食べつつ、
そんなこんなを語っていた彼女だが、

 「あ、でも。」

そういったことを思い出していて、
それへと添う思い出が別に浮かんだのだろう。
ふふvvと嬉しそうに微笑いつつ話してくれたのが、
通りすがりらしい見ず知らずのお兄さんが、
勝手に横取りして ぱくついて、美味いなと褒めてくれたという意外な話。
さんご本人は、
寂しい手前で褒めてもらえた嬉しい記憶としていらしたものの、
まだ中学生だった少女相手だというに、それって物騒な人じゃないのかと、
話の流れへギョッとした最聖二人だったのも無理はなく…

 そんな彼らの眼前で、不意に食パンが一切れ消えた。

此処は聖さんチの六畳間。
ドアから遠い奥向き、しかもお部屋はアパートの2階でもあって、
何の気配も物音もさせず そんな所業がほいほい出来るはずはなしと、
お顔を引きつらせもって辺りを見回せば、

 「相変わらず器用だよな、お前。」

つくだに娘のはずが、パンも美味く焼けんだからなと、
立て膝という行儀の悪さで畳の上へ座り込み、
お仲間よろしく、いつの間にか卓袱台を囲んでいた人物があり。
目許をすっかり隠すほど鬱陶しく延ばした前髪に、
ビジュアルバンドのボーカリストのような、
スリムなレザーパンツにベスト、羽根っぽいファーのマフという、
ともすりゃ半裸に近いいでたちの、

 「ルシ…」

 「バンドベーシストの るうくんっ!」

自分たちの知己の誰かさんに、そりゃそりゃあ そっくりな存在だのに。
その名を口にしかかったイエスより先んじて、
さんが“わぁいvv”と抱き着いた、大胆不敵な親密さよ。
確かに人懐っこいお嬢さんではあるが、
それと同じほどお行儀もいいのだ、
異性へそうそう はしたないことをするとも思えずで。
知り合いではあるようだがと、そこへは何とか納得仕掛かったれど。

 「バンドべーしすと?」
 「ル、ルシファーさんじゃあ ないの? この人。」

イエスとブッダがそれぞれに感じたことをついつい口にし、
どひゃあと焦っているのを
意にも介さぬ風情のままで尻目にし。
八重歯にしては大きめの犬歯が特徴的な歯並びでの、
なかなかワイルドな食べようで、
焼き立て上出来なパンを ペロリと平らげたお兄さんはといえば、

 「こんなところに逃げ込んでて良いのか、あんた。」

自分が何物かをわたわたしつつ取り沙汰する、
大人の住人二人には眸もくれず。
痩躯なのがありありしている胸元を反らせて、
片側の膝を半ば立て、そこに片腕を引っかけるという
どこの牢名主でしょうかと思わせよう、
妙にリラックスした佇まいにて卓袱台の傍らへ座ったまんま。
鼻の頭まで届きそうなほどに延ばした前髪の奥から、
やや切れ長の双眸を ちろんとさんの方へ向けると、
いやにスパリと そんな言いようを繰り出した。

 「寝泊まりまではしてねぇようだし、
  こんなお途惚けた二人、
  婦女子へ何かしそうとまでは 怪しまれてもないようだが。」

そこへは信用があるあたり、
やっぱり間違いなく、こちらの二人も知る“あの人”であるらしく。
そんでもな、と、いやに真摯な顔付きで
改まった口調になった謎のベーシストさん。
ちろりとさんを睨め上げると、
睨む…というより 諭すような顔になり、
ぼそりと告げた一言が、

 「逃げ隠れしているだけじゃあ、何の解決にもなんねぇぞ?」

 「…っ!」

言葉づらだけなら突き放すような言いようでもあったが、
そんな素っ気ない言い方ながら
視線は彼女の表情を逃さぬよう、注意深く見やったままだったし。
そうと告げられた方は方で、
明らかに たじろいだお嬢さんだったことといい、
間違いなくワケ知りな彼であるようで。
そんなところから察しても やはり、
さんとは顔なじみ、
上出来のパンを掻っ攫っては
乱暴ながらも褒めてくれていたというご当人に違いない。

 「??」

同じ天乃国サイドのイエスは、
だがだが 事情が今一つ飲み込めないか、
切れ長の双眸をやや見張り、キョトンとするばかりだったが、

 「……。」

ブッダの側は何かしら思うところがあるような、
やや感慨深げなお顔になっている。
そんな二人であることにもお構いなしで、
イエス以上にひょろりとした脚、片方の腕で抱え込むよにして胡座をかくと、
卓袱台へお行儀悪くも頬杖をついて、

 「こいつら二人の傍は、確かに居心地がいいかも知れねぇが、
  考え方のスパンが普通じゃないから。
  油断してっと、ウチぃ帰る機会を逃しちまうぞ?」

今度は投げ出すような口調で呆れているかのような言いようをし、
ちろんと最聖二人を細い顎で指して見せ、

 「まあ慌てずに、まずは落ち着いてなんて言い出して、
  どっしり構えたのを頼もしいなんて受け取って付き合ってたら、
  10年20年なんてあっという間に過ぎちまうからな。」

 「…っ!」

 「いくら何でも、そこまでのんびりしてないって。」

確かに泰然としている彼らなの、
重々知っているお嬢さんが、えええと肩をすくめてしまったのへ、
イエスが言い掛かりだと憤然とし、
ブッダもさすがにそれは…と困ったようなお顔で苦笑したが、

 「こいつらはともかく、仙人でもねぇお嬢ちゃんは、
  寿命も人並みなんだろし、神通力なんてもんも持ってない。」

 「………え?」

さんには何だか大雑把な例えを
唐突に持ち出した るうくんとやら。
キョトンとしかかる彼女のお顔の前で、
立てた人差し指をチッチッチッとワイパーみたいに振って見せ、

 「だから。
  ちゃんと言葉使って言わねぇと
  全部全部は通じ合えないってところをな、
  忘れてんじゃねぇんだよ。」

 「う…。」

つけつけとした言われように圧倒されたか、
怯んでしまったを見かねたのだろ。
その言いようこそ言葉が足りてないんじゃないのかと、
お説教モードにならんと、腕まくりしかかるイエスだったれど。

 「ま、俺には関係のねぇこったがな。」
 「な…っ。」

言いたい放題した挙句に、その言い草って何だよと。
ムッと来てのいきり立ってのこと、
とうとう腰を上げかかったイエスより何倍も素早く、
その場ですっくと立ち上がった、黒髪の謎の人。

 「じゃあな。」

当のさんとも、
視線さえ合わせない態度でのぶっきらぼうに。
音もなく現れたくせして、嵐のように散々なお騒がせをし、
いろいろと省略しまくりなお言いようで、
言いたいことだけ言った末、
そんな一言だけを残し、去って行ったのでありまして。

 「あ、待てっ。」

立ち上がったそのまま、ひょいと脚をかけたのが窓の桟。
そして、そこから外へ飛び出したものだから、
大胆にも二階の窓からという立ち去りようで。
とかいえ、
危ないからというのは後から浮かんだ、
だって彼は“元大天使”だから 飛ぶための翼も持ってるしと。
こちらも天界びとなりの下地というか把握から、
むしろ、そのまま去ってしまうのを引き留めたくて
飛びつくように窓へ駆け寄ったイエスだったが、時すでに遅く。
そのまま次空移動して自分のテリトリである地獄へ戻ったか、
それともちょっと離れたところへ瞬歩で翔んだか、
もはやその姿、くるりと見回した範囲の視界の中には見当たらず。

 「もうっ、相変わらず一方的なんだから。」

とうとう確証は取れなんだが、イエスのこの言いようからして、
やはり先程のお兄さん、
彼らのようよう知っているルシファーさんだった模様。(…今更?)

 「お二人とも御存知の方なんですか?」

わあと何だか嬉しそうな顔になったさんだったのは、
現在ただ今尊敬するお人らが、
旧知の存在と知り合いだった奇遇へ素直に喜んでのことらしかったが、

 「それを訊きたいのはこっちだよ。」

何でまた、あんな飛び切り級の意外な存在と、
いわゆる顔なじみだったりするのと、
こちらはまるきり逆の方向で、イエスがやや険しいお顔になったほど。

 「…えっとぉ。」

たちまち鼻白んでしまった彼女だったのへ、

 「だからイエス、さっきさんも言ってたじゃないか。」

そこはブッダがつい庇い立て。
身を乗り出すように膝立ちとなり、

 「誰とも知れないお兄さんが勝手にパンをちぎって食べてったって。
  何度かそういうことがあって、
  名前とか肩書とかも、その何度かの内に訊いたんでしょう?」

 「素晴らしいです、ブッダさんっ!」

言ってもないことが何で判ったんですかと、
感動してだろう、
指を組み合わせた両の手を胸元に引き寄せているさんなのへ、

 “わあ、この子ったら どんだけ人を疑わないんだか。”

最聖であらしゃるブッダ様から思われていては世話はない。
というか、おウチの方々も、
この年齢だってのにここまで警戒心の薄いお嬢様に育てちゃいかんってと、
人を導くお立場なれど、ついついそっちを危ぶんでしまわれた、
釈迦牟尼様だったそうでございます。(笑)
そして、

 「今のルシ、るうくんとやらへの取り沙汰はともかく。」

んんんっと軽く咳払いをしたブッダ、
膝立ちという格好で立ち上がりかかっていたところから、
すとんと腰を下ろして居住まいを正すと、
さんとの間になってた卓袱台をひょいと持ち上げて取っ払い、

 「ちょっとお話があります。」

あらたまったお顔になって、そうと言い出したのであった。





     ◇◇



ブッダがどこか改まった様子で向かい合ったのは、
決して“お説教”のつもりではないようで。

 「ルシ…るうくんの言いようではないけれど。」

あんまり踏み込んでしまうと、
却って手を引っ込めにくくなるんじゃなかろうかと。
そうと思う気持ちもあってのこと、
彼女の心意気を酌みはしても、
そんな彼女の家庭環境にはあまり思い入れをしなかったこと、
今になって、
いやさ先程の混乱を傍から眺める立場になったればこそ、
それでは足りなかったかもと感じたらしいブッダ様なようであり。
確かに自分たちは、何となれば10年20年をものともしない。
とはいえ、そんなスパンでの“様子を見ましょう”に
普通の人間を付き合わせるつもりは、当然なかったのだけれど。(笑)
ただ、そこまで極端ではないにせよ、
実はこうまで落ち着いてちゃあいかん、話というか状況だったらしいのが窺えて。

 “ルシファーさんは唯一、
  彼女の過ごして来たこれまでを知っていたから。
  現状の停滞っぷりを見かねて、(何ですて)笑
  実力行使をやらかしたんじゃないのかな。”

不埒な乱入者扱いになっても良いと、飛び込んで来たんじゃあなかろうかと。
そうと気づいた釈迦牟尼様としては、
そんな彼の、思い切りのいい、そして相変わらず言葉足らずな働きかけへ、
ブッダなりの援護射撃を、
いやいや それじゃあ物騒なので(う〜ん)
こちらなりのフォローをするつもりとなったらしく。

 「ねえ、さんて佃煮が嫌いってわけじゃないんだよね?」
 「え?」

今更なことを訊かれたからか、虚を突かれたような顔になった彼女へ、

 「ううん、むしろ大好きなんじゃないのかな。」

敢えて、そうと重ねて訊かれ、
それへは、

 「え…と、あの…………はい。」

今更なことをというキョトンとしていたお顔だったのが、だが、
今度は 何か鋭い指摘されてドギマギしているような、
明らかな“うろたえ”の気配を滲ませるさんであり、

 「ブッダ?」

 「だって、作るの上手だし、食べるのも好きなんでしょう?
  でなきゃ わざわざ持ち歩きまではしないと思う。」

それは美味しいから食べてと提供したのもそう。
見ず知らずの相手へ仕掛ける“佃煮ネガキャン”にしてはあまりに地味だし、
むしろ逆効果にしかならなんだほど、出来のいいものでやるのは、
作戦としても堂々と間違っており。

 「それに、
  嫌いとかイヤだっていうんなら、匂いだって気にするはずだ。
  香水やデオドラントを山ほど使うとかしてね。」

でもと、小首を傾げるようにして小さく微笑ったブッダは、

 「さんからは、
  そういった化粧っ気の匂いって、
  一度も香ったことがないんだよね。」

 「そういえば、
  さっき静子さんが醤油の匂いに気がついたっけね。」

さっきなんですよ、あの草むしり。(自嘲笑)
お料理に関するカテゴリだったこともあり、
そういう方面には鼻の利く人だったらしい静子さんから、
上等な特別な醤油の匂いだとまで言い当てられても、
そういえば、特にしょげてしまう様子はなかった彼女で。
くどいようだが、年頃のお嬢さんなのだから、
だったらトワレでも香水でも、
安価なコスメがいくらでも出回っているの、
実家から離れている今こそ、
そういうのをここぞと使うものではなかろうか。

 「お手伝いの邪魔になるから、
  匂いのするものはあんまり使ったことがない。
  …そうなんでしょう?」

 「………はい。」

ブッダからの指摘に、
ええはい、嫌いじゃないし、そんなことは言ってないと、
揚げ足取りはやめて下さいと言い返すことも出来ように。
何をか見透かされてしまったと、
覚悟しちゃったように肩をすぼめてしまった彼女であり。

 「…ブッダ?」

どういう思惑からそんなことを訊くブッダなのか、
こちらは今ひとつ判ってはないようなイエスが、
ややもすると狼狽しているのへ、

 《 まあ 此処は黙って聞いていて。》

伝心にて そうと言い置いてから、
お顔のほうは さんへと向けたまま、
様子を見るかのように言葉を途切っておれば、

 「…………ぁ。」

それはおずおず、何か言いかけ。
声という自分の発したものへ、また少し戸惑ってしまったものの。
沈黙の間合いの尋が長くても急かされもしない、
そんなまで前のめりな空気でもないというの、
なんとはなくまさぐってから、

 「あの…。//////////」

今度は、えいと彼女なりに踏み切ったのだろう。
やや声に張りも出て、お顔も上げての、
あらためて…その心のうちというもの、
まだ二人へ伝えてはくれていなかった部分を、
訥々と語り始めたさんであり。

 「あのえと、実は、同じお店に気になる人がいて。//////」

その辺りは、それこそ 草むしりの最中に
こちらの二人も“ははぁんvv”と感じ取っていたことで。

 「でも、自分が正式に店を継ぐ身になったらば、
  その人は余所余所しくなるかもしれない。」

さすがは、代々と続く看板を負う老舗のお嬢さんで、
そういった、機微というか
人間関係に付き物な繊細微妙な流れとか空気とか、
何とはなく身につけてもおいでだったらしくって。

 腕のいい人だから、
 近々暖簾分けするかもという話も聞かないでない。
 店を継ぐための下準備に入れと言われたと同時、
 そんなこんなという話も耳に入ったものだから、
 気持ちが ぐらんぐらんしてしまい、

 「進路指導は昨年から始まってはいたんですけど。」

 今年最初のが こないだあって、
 でもって先生が、
 ああ君はもう進路というか先行きは決まってたんだよねぇって、
 でも短大とかには行くのかな?って訊いて来られて。

 「それで、あのあの……。」

うつむいたまま もじもじと、
お膝の上で白い手を握ったり開いたり。
ここでやや躊躇いが生まれたらしかったさんだったものの、
そろそろとお顔を上げると、

 あたし、ホントにこの店を継ぎたいのかな、
 佃煮屋になりたいのかな、
 漠然とそういうもんだって流されてないのかなって、
 いきなり思うようになっちゃって。

それこそ、此処に来て気持ちが落ち着いたのだろか。
どうしてこんな、外泊の経験もろくにないよなお嬢様が、
突発的にも程がある大冒険をしでかしたのか、
その発端を振り返ってみることが出来たようで。

 「それは…。」
 「混乱しちゃったんだねぇ。」

まだまだ未成熟な十代の娘さん。
なのに、旧家ならではなあれこれも知ってはいたから、
小さな胸へ様々な思惑を抱いたことで生じた困惑は
とんでもない方向へと彼女を連れて行ってしまったらしいこと、
彼女自身へも説いて見せた、梅雨の晴れ間の昼下がり。
開け放ったままの腰高窓の向こうから、
そろそろ赤紫の花もつくだろう、キョウチクトウの生け垣が
風に揉まれて ざざと揺れ。
階下の駐車場に車が入ってくる気配がし、
窓辺にいたイエスが何げに見下ろしていたが、

 「……あ。」

何を見たものか、表情を動かした彼が思わず胸の内にて呟いたのが、

 《 松田さんが帰って来たみたい。》
 《 おや。》

こちらの彼らがこの手の相談を持ち込める唯一のお相手、
ある意味、キーパーソンがご帰還なさった模様でございます。






to be continued. ( 13.06.28.〜 )



BACK/NEXT


 *窓からは金木犀の甘い香りがして何とも清々しい秋の気配です。
  このお話だけは、
  相変わらず梅雨の最中から終盤なのですが。(笑)
  どんだけかかっているお話か、
  それでも何とかゴールが見えて来たかなという感じです。
  とはいえ、次がいつになるかが まず判りませんので、
  昨今のお天気同様で、
  今の段階では、あまり確かなことは言えません。(こらこら)


ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv


戻る